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埼玉ブルース第六回

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埼玉ブルース第六回

 

誰が言ったか知らないが、訪ねてみれば確かに感じる魅力のご当地をさすらう「埼玉ブルース」
今週こそは前回たどり着けなかった埼玉県名発祥の地碑を目指します。

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行き方を調べてみたところ、どうやら目的地はこのさきたま古墳古墳公園内にある模様。
何やら消え掛けでちょっと心許ない矢印に従って、さきたま緑道を後にします。

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確かに「さきたま緑道を後に」したはずなのに、まだまだ続くオブジェ群

夏もまだまだ暑いのに来期の話なんかしたら何かに笑われちゃいそうですが、これから秋に向けて
芸術を愛でたいって方は、是非ここに来ればいいと思う。

ヘタな美術館より、ずっと色んな景色が楽しめること請け合いです。

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無類のオブジェ好きにはたまらないであろう道を歩いて行くと、
ほどなくしてひとつ目の古墳が見えて来ました。

最後に古墳を目にしたのは小学生の頃の社会科見学だったと思うけれど、その時よりぐっと感慨深い
のは、これが大人になったってことなんでしょうか……

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さきたま古墳公園は道路を挟んで両側に9つの古墳を有しているらしい。
さすが古墳群、その名前に偽りはありません。

そのすべてを写真にバッチリ収めてやろうと調子に乗っていくつも古墳を撮ってみたものの、
そこはすべて前方後円墳。
さっきと代わり映えしないことこの上ない。急に尻すぼみになったテンションを抱えて歩を進めますが、
この先にあるのもきっと古墳なんだろうなあ。。。

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かと思いきや、そんな古墳群のなかでひっそりと佇むように移築古民家の展示も。

こちらの旧遠藤邸は「いかにも!」と言った藁葺きの屋根が特徴的な
江戸時代末期の稲作農家の住まいだったそう。

周辺を囲む古墳群の成立が大体5~7世紀とのことなので、
この公園内にはまさに悠久の歴史が流れていると言っても過言ではありません。

6Kensho

そんな感慨を噛み締めつつ、先週からの二週を跨いでようやく邂逅を果たせた埼玉県名発祥の地碑がこちら。
この地が埼玉県という名前になったのは、その当時の「管轄区域の中で、最も広いのが、埼玉郡にあったことによる」そう。

ちなみに、この埼玉とはそもそも何ぞやと思ったら幸魂(さきたま)が転じたものだとかで、
これは今でも埼玉県の県章に用いられていたりする。あれ、おたまじゃくしじゃなかったのか!

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折角なので公園内を分かつ県道77号線を越えて、ほかの古墳にもお邪魔してみることに。
どうやら「登れる古墳」があると言うので、気合を入れて足を踏み出そうとしたものの、
どうやらそれはここではなかった。

って言うか、この但し書きがなかったら、ちょっとお弁当を持ってピクニックしちゃいそうな雰囲気すら
放ってます。さっき代わり映えしないとか言ってごめんね、古墳にもちゃんと個性があるよね。

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「悠久の歴史が流れる」公園内で、こんな昭和の爪跡も発見。
新世紀になって文部省が名称を改めてしまった今では、これも立派な歴史遺産と呼べましょう。

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件の古墳に登るには、どうやらまだ歩くらしい。さきたま古墳公園内は広く、
従ってすべてを見て回るにはかなり歩かされますが、景観のよさからかあまり疲れを感じることはありません。

周辺は現代から隔絶されたような静けさで、思わずその辺りから着物姿の人が
ひょっこりと出て来そうな佇まいでしたが、まあ、当然ながらそんなことはなかったよね

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さらに歩を進めて行くと……おお、見えて来ました見えて来ました。
きちんと階段に手摺りまで付いて、

これはもう登れるってレベルじゃねえぞ!

 

早速足を掛けてみますが、、、これ正直ツラい!この写真では伝わっていないかも知れませんが、
この坂かなりの急勾配。先程の緑道に引き続き、こちらのHPをガンガン削って来ます

もしカップルで訪ねるなら、女性の方はぺたんこシューズが全力でお勧め。

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ようやく頂上まで登り切った頃には、既に動悸息切れでとんでもないことになっていました。
しかし、そのダメージをしてもこの絶景。充分に拝む価値があります。
でも、よくよく考えてみたら、これって誰かのお墓の上に立ってるってことだよね。。。
そもそも「どうして古墳の上に、こんな展望台があるのか?」と思いきや、これは遡ること424年前、
時の天下人だった豊臣秀吉に忠臣石田三成が忍城攻略を命ぜられて築いた陣に由来しているのだそう。

この水攻めこそ、今年の大河でもお馴染みとなった黒田官兵衛の献策によるもので、ここに三日で陣を築いた石田氏率いる軍勢が精一杯利根川の水流の利用を試みるも、結局は忍城の堅い守りを前に、敢えなく失敗してしまう。

これは戦国時代切っての戦術家と謳われる三成にとっては最大とも言える失策だと伝えられていますが、
この眺望に彼が馳せた想いとは何だったんでしょうか。

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「登れる古墳」としては日本最大級の丸墓山古墳
その貴重さゆえに、こちらもむやみな立ち入りが許されている訳ではありません。
「古墳を大切に」って……うん、それは戦国時代に戻って石田三成さんに掛けてあげる台詞ではないだろうか

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登れる古墳を降りて、またしばらく歩いた先には何ともピンポイントな注意看板が。
普段なら「こんな古墳のある公園までわざわざ来て、誰もゴルフなんてしないだろ!」
盛大にツッコミを入れたいところですが、先程さきたま緑道でパターの練習を見てしまった後では、
この但し書きの存在意義に納得せざるを得ません。

行田市民の皆様は、オブジェとゴルフに目がないご様子。

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一番奥手に位置する古墳に別れを告げて、

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その帰りもまたさきたま緑道を通って、ようやく最寄り駅に帰り着くまでの総歩数がこちら。
一見すると何のことはない数字ですが、これは東京ディズニーランドと東京ディズニーシーの両方を
それぞれひと回りした合計よりも多い
(元舞浜在住の筆者調べ)。

春の季節の桜はもちろんのこと、いつ伺ってもその折々の自然を楽しむことの出来るこの公園で
来るスポーツの秋を前に是非足腰を鍛えてみてはいかがだろうか。

【今回取材させて頂いたさきたま古墳公園】